築104歳の母家の手入れ
母屋は、大正時代の1920年に近所の解かれた家の木材をいただいてまいりまして祖父と近所のタノモシ衆たちとともに助け合いながら、炊き出しをして手つくりで作ったものです・・・蚕さんを育てていた養蚕場で蚕さんと一緒に寝食をして生活をおくる小作農家でした・・・
その35年後に私は、屋号名の美﨑に生まれました・・・商店ではないのに、屋号があるのは近所に同じ名前がたくさんあるので、話の食違いを防ぐ目的もあるようです・・・
私は母家の傷みが気にかかるようになりまして、35歳の時(1990年)築70年に屋根の修理や根太の修理などを行いました・・・それから34年目の秋になりまして、ようやく母家の根太のゆがみや隙間風に気が付き35年ごとの節目の前に、親友の甥御さんに改築をお願いしまして現在進行中です・・・

今年古希の会をめでたく行うことができましたので、70歳の壁を乗り越えるために少しのたくわえの全財産をつぎ込みます・・・先祖さんの想いのある家、私を貧しい中不自由なく育ててもらいました父母の生活を支えた母家を空き家にしたくないですし、地震が来ても壊れないようにしたい・・・生き延びたい・・・

大正時代の建築はコンクリートでの基礎がしてなく、地面の砂の上に石の上に柱を置いて支えております・・・昔のことですので記憶が定かではありませんが・・・500万円を借りますと10年返済の定額返済で800万円の利息を含めて返しておりました、高度成長期の高金利でしたので両親とともに子育てしながらの支払いで大変でしたが・・・何度も借金を背負ったおかげで、逃げ場がなくなりまして、最初に勤めましたスーパーマーケットでは退職せずに30年間務めることができました・・・

こちらの絵・・・縁の下の補強の為に、砂の上にのっています石をコンクリートで補強工事をしてもらいます・・・これで、地盤のゆるみや地すべりを一体的にする作戦です・・・

こちらの特殊車で一気にコンクリートを床下に流し込みまして、個々の石積を連結してまいります。・・・大正時代の建築をそのまま保存して残したいのですが・・・痴ほう症も考えなければなりません・・・ちょっとした段差でつまずき骨折をしてしまったら、病院で骨折治療して養生している間にぼけてしまいます・・・片方では防災対策も必要ですし、そこで病院のように段差のないバリアフリーにしておくことになりました・・・

すごいです・・・数時間で、一気に土台石がつながりました・・・これで家内の不安感も和らぎます・・・

一晩たちましたのが、こちらの絵です・・・想いは、先祖とともに暮らしてまいりました家が朽ち果てることがないようにしたいという事と、もう少し生き延びて・・・いただいた命をまっとうしたい・・・と思うようになりました、室内リホームです・・・子孫よ!・・・空き家にするなよ!・・・
まだまだ酷暑が続くようです・・・ご自愛ください・・・温活・腸活・健活のサンミサキでした












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