渡漁港跡地利用ワークショップ開催(鳥取県境港市)

今! 鳥取県と言いますと石破自民党総裁で内閣総理大臣就任でにぎわしています・・・

 境港市と言いますと、鬼太郎空港(米子国際空港)・水木しげるロード・日本の漁獲量の3本指に入る程のお魚の市として知られていますが、渡漁港と言いますと境港市民にもあまり知られていませんが、渡漁港跡地利用ワークショップ開催されるという事で9月29日(日曜日)に参加させてもらいました・・・

 前方に見えますコンクリート製の橋を江島大橋(通称べた踏み坂)と言いまして、そのふもとにあります渡漁港は、この干拓地のすぐ先にありまして・・・この絵には写っていません・・・

 べた踏み坂の歩道橋より、境港市側から松江市側をながめた絵になります・・・私は個人的に眺めは日本一と思います・・・地元の人が言いますのは、観音様が横になり休まれているような山を"キューピー山”と呼んで親しんでいます・・・

少しくぼんだ入江が見えますが、こちらが渡漁港でございます・・・べた踏み坂より中海の前方には、米子市や安来市と中国山脈がかすんで見えます・・・奥の左側には伯耆富士と言われています、大山(だいせん)は中国地方で一番高い山でございます・・・またその手前に見えていますのは、米子国際空港(鬼太郎空港)には、車で5分の距離でございます・・・

 その渡漁港は防災の観点から護岸工事がされまして、この度西方向に300メートルほど中海側に作られ・・・旧渡漁港は埋め立てられまして、跡地の有効利用は住民の意見を聞くためにワークショップが開催されました・・・

 参加者は、3つのグループに分かれ個人個人の提案を出し合いまして、意見ごとに共通項目をまとめてまいります・・・境港市の市役所の方も意見集約に加わってくださいました・・・

その意見を実現するのには、どんな設備が必要なのかも、書き出してまいりました・・・

 鎌倉時代のその昔1332年の3月頃・・・島根県の隠岐の島に島流しになりました話は有名でございます・・・後醍醐天皇は安来港より、わずかなお供をつれて小舟で隠岐の島に向かわれる途中船酔いになられまして、渡漁港に立ち寄られましたおり、元気を取り戻した後・・・馬の上から都の方角を眺め・・・はらはらと涙を流された後・・・天皇の念力が馬の足を通し石の上に馬のひずめの跡がくっきりと残ったと・・・"渡公民館のふるさとのあゆみ”に、史実を伝える記事がございます・・・その後一年で隠岐の島を脱出されまして鳥取県の琴浦町の船上山に結集して倒幕をされました・・・

 サンミサキ渡辺の個人的な意見ではございますが・・・この渡漁港の民のいたわりを受けまして、京の方角を望み復活の決意をなさった街と・・・子供のころより話を聞かされ、ありがたく感じておりました・・・そんな街にフリースペースができましてワークショップまで開いてくださいました・・・とても感謝しています。

 サンミサキ渡辺の個人的な意見ではございますが・・・この美しい自然の中海に二酸化炭素の排出をおさえた電動の遊覧観光船の行き交う街の発着地点として、渡漁港に作っていただきまして・・・境港渡町より米子・松江・安来・出雲などに向かう観光船が浮かぶ姿を見てみたい・・・と夢見ます・・・

 サンミサキ渡辺の個人的な意見ではございますが・・・渡漁港は個人個人の想いを胸に復活を誓う街・・・であってほしいと思います・・・ ご訪問ありがとうございます・・・ご自愛くださいませ・・・